「詩人で夫はユニセフの高官で、そして語学教師の経験もあって俳句とか禅とかに傾倒した時期があって、というようなプロフィールだけから想像すると、ほら、いかにも肌がかさかさに乾いたエコロジーっぽいタイプのベジタリアンっていうようなイメージだよね。それが彼女は全然そういう感じじゃない。何故だろう」
後日、夫がふと洩らした疑問は、そっくりそのまま私の疑問でもありました。
華奢な体つきの女流詩人であるからには時に思い詰めたりすることもあるだろうに、人を窮屈にさせるストイックなものが確かに彼女のプロフィールを裏切るようにしてポーランにはまるでないのでした。
静かな、けれど突き抜けたような明るさが彼女にはあって、それが南フランスを永住の住処とした決断としっくり調和するようでもあります。
「でも」と夫の疑問に答えて私はいいました。
「今はああして明るい運命主義老的な英知をたたえているようにみえるけど、もしかしたらそこに至るまでにはそれはいろいろあったのかもよ」
「そりゃあそうかも。何といったって詩人なんだからさ」
私たちはどうやら揃って詩人という職業に対する偏見に満ちあふれているらしい。
が、それはさておき、とりあえず現段階(50代後半という年齢にさしかかった段階)において、ポーランは程よくマテリアリスティックで程よくスピリチュアルな感じに到達しており、その程よさ加滅が相手を心地よくさせる理由の一つであることは確かでしょう。